中国メディアビジネス日記

中国のジャーナリズム学院、復旦大学新聞学院の元留学生が、中国ITやメディアビジネスをつらつら書きます

「匠」の精神を持つ中国動画メディア「一条」からメディアビジネスを考える

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(陶芸家の石原稔久、多見子夫妻を取材した動画から)

 

 初めまして!今年7月まで上海のジャーナリズムスクールに留学していた松本といいます。中国で見てきた様々なメディアサービスを紹介したり、旅の写真を投稿しようと思ってブログをはじめてみました。

 記念すべき(?)一つ目の記事は、上海にある「一条」という動画メディアについてです。中国での知名度と日本での取材数に比べて日本では殆ど知られていない印象があったので、紹介してみることにしました。以下が記事になります。

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 FacebookSNSプラットフォームも力を入れ、ますます盛り上がるネット動画の世界。世界でも料理のハウツー動画やテクノロジー紹介などの分野を中心に多くの動画メディアが登場し、再生回数を競っている。

 そんな中、メディアのオンライン化が日本以上のペースで進む中国で、ハイクオリティな映像と巧みなビジネスモデルで注目を浴びる「一条」という動画メディアがある。アートや伝統文化をメインコンテンツとし、日本の芸術家も数多く取り上げながら躍進する「一条」には、動画メディアの今後や日本のインバウンドへのヒントも隠されているかもしれない。

 

「匠」の動画を生産し続ける高品質な動画メディア

 一条は2014年、上海で創業した動画メディアだ。主に中国のSNSであるWeChatとWeiboを中心に動画を展開するバイラルメディアであり、公式サイトやアプリには動画の掲載が無い。創業者の徐沪生は人物インタビューに定評のあった上海のビジュアル誌『外灘画報』の元編集長であり、一条もまさにビジュアル誌の雰囲気をそのまま動画メディアにしたような世界観を持っている。  大きな特徴は、日本をはじめ、多くの国の動画メディアが料理やテクノロジー、豆知識といった内容を中心としている中で、「一条」はアートや伝統工芸、人物取材といったテーマを中心に扱っていることだ。

 

(京都の茅葺職人、西尾晴夫氏を取材した動画)

 

 「一条」のコンテンツは、国内外の人物を取材した5分~8分ほどのインタビュー動画である。取材対象は、一条のコンセプトでもある「生活・潮流・文芸」に携わる人々だが、そのうち「文芸」では建築や映画、芸術品、「生活」ではデザイン性や伝統のある民宿や昔ながらの料理の作り方を取材するなど、多くのコンテンツが伝統文化やデザインと関わりを持つ。また、現代文化を扱う「潮流」では、薬物依存症や認知症、学校での性教育など、時には社会問題に取り組む組織や人物に対する取材を行うこともある。

 「一条」のもう一つの大きな特徴が、動画メディアとしては珍しい、ゆったりした映像のリズムと映画的な撮影表現である。一条の映像は取材を受けた人物の語りを中心に構成され、ナレーターはいない。映像は彼らの制作風景や制作物をゆったりとしたリズムで映し出していく。ゆっくりとしたトラッキングや背景ボケを活かした撮影、白が印象的な柔らかな映像の色調等は、まるで映画のような表現であり、映画と同じような字幕の字の小ささや、5~8分という尺もおおよそネット動画らしくない。視認性を高めるためにイラストやキャプションを多用し、飽きさせないように目まぐるしく映像を変化させる他の多くの動画メディアと比べると、映像の質の差はまるでファーストフードとスローフードの違いの様でもある。

 この映像のクオリティを支えるのが「匠の精神」とも言える撮影への徹底ぶりだ。料理動画一つとっても、照明や小道具の配置へのこだわりに加え、「野菜を切る」「水を灌ぐ」といった動作の一つ一つを何度も何度も繰り返して撮る徹底ぶりによって、ほぼマニュアル化されているはずの料理動画の撮影にも丸1日かける。現地のある記事によれば、4分前後の料理動画『エビワンタン』の撮影素材は全部で13時間にも及んだという。ここまで極端な時間をかけて撮る動画はまれだとしても、「一条」の撮影にかける熱意は分かる。

 

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(「一条」の動画広告の一つ『终于知道德国设计为什么这么高冷了』から)

 

ハイクオリティな動画が支える「ネイティブ広告+EC」モデル

 そんな匠の動画が売りの「一条」だが、Weiboフォロワー数が2017年8月に約890万人、WeChatのフォロー数が17年7月の公式発表で1300万人とかなりのファンを持つ。収入についての確たるデータは少ないものの、記事やスタッフ自身の宣伝によれば月3000万元、1日に100万元であるという。再生回数は毎度10万回を超え、2016年7月にはBラウンドでの1億元の投資も受けている。

 「一条」の躍進を支えるのがハイクオリティな動画を軸としたネイティブ広告+ECのビジネスモデルだ。「一条」のネイティブ広告には写真を軸にした記事広告と映像広告があり、特に映像広告の広告代は基本的に1つ100万元であるという。高額な広告費がつく背景には、「一条」の拡散力に加え、「一条」らしさをしっかり活かした動画のレベルにある。 例えば、2015年11月に公開されたドイツ家電メーカーの広告動画『终于知道德国设计为什么这么高冷了(やっとわかった、ドイツのデザインが冷ややかな理由)』では、彼らの商品だけを主張するのではなく、会社のデザイナーへのインタビューを通じて、ドイツのプロダクトデザインの哲学に迫るような形式を取っている。このような、「一条」ならではの風格を保った広告動画は高級品の雰囲気であっても崩すことがない。

 

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(「一条」のECアプリ。商品も独特だ)

 

 「一条」独自のECサイトもまた、広告メディアとしての「一条」の価値を高めている。「一条」は公式アプリで自社のECプラットフォームを展開しているが、雑多なAmazonやAlibaba社のTaobaoといった普通のECプラットフォームと違い、一条は、デザイン性を重視したサイト上に高品質な日常品や他にはない商品を展開する。その中にはもちろん、広告で宣伝した商品も含まれている。広告主は、高品質な動画で紹介した自分たちの商品を、そのまま高品質なECプラットフォームまで誘導することができる。

 「一条」を支えているのは、ユーザーの四割を占めているともいわれる「中産階級」と呼ばれる人々だ。経済発展の流れに乗り、裕福になった中産階級の人々の消費は、安価で無個性な従来の商品からより個性的で高品質なものへと変わっている。彼らはいわば、ユニクロ無印良品を喜んで買う層である。また、中国の場合、中間階級の人々の多くは伝統や文化に対する関心もとても高い。

 「一条」の創設者徐沪生は以前、インタビューに対して「中国には数千万の中産階級がいて、消費の質を上げたがっているが、彼らに合ういいブランドが幾つも存在しているにも関わらずプラットフォームの中に埋もれており、見つけるコストが高すぎる」と語っている。没個性的な商品たちと玉石混交の巨大通販に疲れた中産階級を「ハイクオリティ」なメディアコンテンツで引き付け、彼らが求めていた高品質で個性的な商品を提供するECサイトへ誘導する。そして高品質なメーカー・企業に対して、彼らの求める顧客層に対してダイレクトに、かつ広告から販売プラットフォームまで一貫して提供する。ハイクオリティなメディアとECプラットフォームのコラボこそが「一条」の躍進の要因だ。

 

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(最近リリースされたWeChat上のチャンネルでも、日本コンテンツは独立したコーナーとなっている)

 

インバウンドと「一条」、日本メディアへのヒントは?

 「一条」が国内コンテンツと同じくらい力を入れて取材する国、それが日本だ。

 これまで「一条」が扱ってきた日本人は、新海誠岩井俊二園子温といった大物映画監督から、宮大工の小川三夫、数多くの伝統工芸作家に子供写真家、さらには移動本屋等極めて多岐に渡る。動画数もとても多く、「一条」の一大ジャンルとなっている。日本での知名度は決して高くないが、一条のユーザーに多い上海、北京、杭州、広州といった地域の人たちは日本への旅行も多く、いわゆるブランド重視の層とも少し異なる。更にインバウンドによる消費が越境ECといわれるECサイトに移動している今、彼らに対して直接アピールできる「一条」は日本の会社や作家にとっても魅力的な選択肢だと言える。

 「一条」の成功は売上が下降する雑誌界にとっても示唆的なものだと言える。雑誌社の元編集長によって立ち上げられた「一条」が、雑誌の記事のようなクオリティを残したまま動画メディアを作り上げることに成功した。ネイティブ動画広告とECを合わせるモデルは、日本のライフスタイルマガジンとの相性もいい。

 芸術や人物取材といったテーマを、テレビや映画に近い映像表現と5~8分という尺で実現し、売り上げもしっかり上げている「一条」のやり方は、日本の動画メディア、或いはこれからSNS上での動画配信に乗り込んでいくだろうマスメディアにとっても重要な先行事例となるのではないか。